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亀と食卓 — スッポン文化史

「まる」と呼ばれた鍋、明治の養殖ベンチャー、大西洋のタートルスープ。人と亀の、もうひとつの長いつきあいの話です。

「まる」と呼ばれる鍋

京都の料理の世界で、スッポンは「まる」と呼ばれます。丸い姿から来た符牒で、スッポン鍋は「まる鍋」。江戸時代創業と伝わる専門店がいまも暖簾を守り、雑炊で締めるまるの一杯は、冬の京都の名物であり続けています。

琥珀色の澄んだ出汁と、たっぷりのコラーゲン。「月とすっぽん」と笑われてきたスッポンは、食の世界では月に劣らぬ主役でした。

日本人とスッポンの長いつきあい

日本人がスッポンを食べてきた歴史は古く、各地の遺跡からスッポンの骨が出土しています。江戸時代には滋養強壮の食として定着し、「生き血」の文化もこの頃から知られます。

面白いのは、亀全般は「万年の縁起物」として大切にされる一方で、スッポンだけは食材の座に置かれてきたことです。甲羅が柔らかく、亀甲の吉祥文様を持たないことが、この線引きに関わったのかもしれません。

明治の養殖ベンチャー

現代のスッポン食を支えているのは養殖です。日本のスッポン養殖は明治時代、服部倉治郎が浜名湖のほとりで始めたものが草分けとされ、以来、静岡・大分など温暖な土地の名産となりました。

養殖の確立は「食べるために野生の亀を獲らない」への大きな一歩でもありました。100年以上前のベンチャーが、結果として野生のスッポンを守る仕組みになったのです。

世界の亀と食卓

中国には亀の甲羅を煮出して固める伝統的な薬膳デザート「亀苓膏(きれいこう)」があります。ただし原料とされてきたミスジハコガメ類は乱獲で絶滅寸前となり、現在は代替原料も使われています。

19世紀のアメリカとイギリスでは、タートルスープが高級料理の代名詞でした。特にアメリカではキスイガメ(ダイヤモンドバックテラピン)のスープが大流行し、乱獲で個体数が激減。ガラパゴスでは捕鯨船が「餌のいらない生きた保存食」としてゾウガメを大量に持ち去り、島の個体群をいくつも絶滅させました。食の歴史は、亀の受難の歴史でもあります。

食べる文化と、守る時代

いま、世界の流れははっきりしています。食べるなら養殖されたものを。野生の亀は獲らない。アジアの野生亀の多くが食用・薬用の乱獲で絶滅の淵にいる今、この線引きはますます重要になっています。

スッポン鍋の湯気の向こうには、数千年の食文化と、それを未来と両立させる知恵の両方が見えます。おいしく食べて、野生は守る。亀と人の次の付き合い方です。

スッポンを図鑑で見る亀のことば辞典