特集
ウミガメの産卵 — 浜辺のいちばん長い夜
母亀の上陸から、60日後の子亀の大脱走まで。命がつながる一晩と、その続きの物語です。
真夜中の上陸
初夏から夏にかけての夜、月明かりの浜に、波間から大きな影が現れます。体重100kgを超える母亀が、海の生き物の体のまま、前肢で砂を掻いて浜を登っていく——ウミガメの産卵は、この重労働から始まります。
上陸した母亀は音と光にとても敏感で、人の気配やライトに気づくと、産卵をやめて海へ引き返してしまいます。産卵地の浜が夜間の立ち入りや照明を制限しているのは、このためです。

産卵と「涙」の正体
産卵場所を決めた母亀は、後肢だけを器用に使って、壺のような形の産卵室を掘ります。そこに産み落とされるのは、ピンポン玉のような白い卵。1回でおよそ100個前後、同じ母亀がひと夏に数回産卵します。
産卵中の母亀の目からは、涙のようなしずくがこぼれます。これは涙腺が変化した「塩類腺」が、体にたまった余分な塩分を排出しているもので、砂から目を守る役割もあります。感動の涙ではない——と分かっていても、砂まみれでじっと卵を産む姿と重なると、涙にしか見えません。

砂の温度が、性別を決める
ウミガメの卵には、産まれた瞬間の性別がありません。性別を決めるのは、卵を温める砂の温度です。おおよそ29℃を境に、それより暖かいとメス、涼しいとオスが多くなるとされています(温度依存性決定)。
つまり、日当たりのよい浜からはメスが、木陰の浜からはオスが多く生まれます。このしくみのため、温暖化で砂浜の温度が上がると生まれる子亀がメスに偏ることが心配されており、実際にメスばかりが生まれている産卵地の報告もあります。
60日後の大脱走
卵はおよそ2ヶ月で孵化します。でも、砂の中から出るのはひとりでは無理。きょうだいたちは何十匹もで協力し、数日かけて少しずつ砂を掘り上がり、砂温が下がる夜を待って、いっせいに飛び出します。
子亀たちは「明るい方へ向かう」本能を頼りに、月と星が照らす海を目指して走ります。ここに人工の光があると、子亀は街に向かって歩いてしまう——産卵地の浜で夜の照明が厳しく管理されているのは、この小さな旅人たちのためです。
海にたどり着いても、大人になれるのはごくわずか。数千匹にひとり、とも言われます。それでも生き残った一匹のメスは、数十年後、自分が生まれたこの浜に帰ってきます。

日本で産卵に会うには
日本の産卵シーズンはおおむね5月〜8月。屋久島の永田浜、徳島県美波町の大浜海岸(日本ウミガメ博物館カレッタのある町)、和歌山県みなべ町の千里の浜など、各地の産卵地では自治体や保護団体による観察会が開かれます。
個人で夜の浜に入るのではなく、必ず観察会に参加してください。ライトとフラッシュは使わない、母亀の前に回らない、静かに待つ——ルールを守った先に、一生忘れられない夜が待っています。



