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亀とお城 — 石垣と堀の亀学

「亀城」と呼ばれた城、亀甲積みの石垣、北を守る玄武。日本の城は、思っているより亀でできています。

「亀城」と呼ばれた城たち

日本には「亀城(きじょう)」の愛称を持つ城がいくつもあります。有名なのは茨城県の土浦城。堀に囲まれた曲輪が水に浮かぶ亀の甲羅のように見えたことから、そう呼ばれてきました。

香川県の丸亀城、三重県の伊勢亀山城、京都府の丹波亀山城(現在の亀岡市の由来)——名前そのものに亀が入った城も各地にあります。鶴の名を持つ「舞鶴城」たちと対になって、日本の城の名前には鶴亀がすんでいるのです。

丸亀城の堀と高石垣
丸亀城の堀と石垣(香川県) ・ 写真: Reggaeman, Wikimedia Commons (CC BY-SA 3.0)

なぜ、城に亀の名前?

理由は縁起です。亀は万年——落ちない城、続く家系への願いとして、これ以上ない吉祥のシンボルでした。水堀に浮かぶ天守の姿が亀に重なったこともあり、水に強い城ほど亀の名で呼ばれる傾向があります。

戦いの砦である城に、あえて「ゆっくり・長生き」の亀を重ねる。スピードより持久戦、派手さより堅牢。亀の名前は、城づくりの思想そのものだったのかもしれません。

石垣の「亀甲積み」

石垣の世界には「亀甲積み(きっこうづみ)」と呼ばれる技法があります。石を六角形に整形して、亀の甲羅のように隙間なく積み上げるもので、各地の城の石垣や護岸に残っています。

着物の亀甲文様と同じ発想が、土木の世界にもあったわけです。六角形は力を分散させる形——亀の甲羅が数千万年かけてたどり着いた答えを、石工たちも知っていました。城めぐりの際は、石の形にもぜひ注目を。

北を守る玄武

都や城の立地を決める古代の思想「四神相応」では、北を守るのは亀と蛇が合体した聖獣・玄武です。平安京は北の船岡山を玄武に見立てて設計されたと伝わり、都市の北側を「玄武」と呼ぶ発想は、地名や神社の名前として今も生きています。

つまり、日本の都市計画には最初から亀が組み込まれていたのです。奈良のキトラ古墳の壁画に描かれた玄武は、1300年前の「亀による都市防衛」の証人です。

堀は、現代の亀スポット

そして現代。城の堀は、日本有数の「亀に会える場所」になっています。石垣で日光浴をする亀の行列は、お城めぐりのもうひとつの楽しみです。

堀にいる亀の多くはアカミミガメ(ミドリガメ)で、飼われていた亀が放された歴史の名残でもあります。見かけたら、どの種類か図鑑で見分けてみてください。そして、飼っている亀を堀に放すことは絶対にしないでください——アカミミガメの放流は法律違反です。

亀のことば辞典堀にいる亀(アカミミガメ)